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東京高等裁判所 昭和32年(ム)9号 判決 1958年7月18日

再審原告(本訴被告、控訴人) 大石信次

再審被告(本訴原告、被控訴人) 中央テラゾ工業株式会社

主文

原告の再審請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

再審原告訴訟代理人は、本件当事者間の東京高等裁判所昭和三十一年(ネ)第二五八二号家屋収去土地明渡請求控訴事件について同裁判所が昭和三十二年六月十日言渡した判決および同当事者間の東京地方裁判所昭和三十一年(ワ)第六五一二号家屋収去土地明渡請求事件について同裁判所が昭和三十一年十一月六日言渡した判決は、いずれもこれをとりけす、本件を東京地方裁判所えさしもどす、訴訟費用は全部再審被告の負担とする旨の判決を求めその請求原因としてつぎのとおりのべた。

一、再審被告は再審原告にたいし昭和三十一年八月二十日東京地方裁判所に家屋収去土地明渡請求の訴を提起しこれは同裁判所昭和三十一年(ワ)第六、五一二号として審理され、同年十一月六日再審被告勝訴の判決が言渡された。みぎ訴訟において弁護士横山寿は被告(すなわち本件再審原告)の訴訟代理人として同裁判所にたいし同年九月二十五日附書面で最初の口頭弁論期日変更の申請をした。同年九月二十五日午前十時の同事件の最初の口頭弁論期日においてみぎ横山寿弁護士は不出頭であつたが裁判所は弁論を延期し、次回期日を同年十月二十三日午前十時と指定し、この期日の呼出状は同年十月九日同弁護士に送達せられた。ところが同年十月二十三日午前十時の口頭弁論期日に同弁護士も再審原告本人も出頭しなかつたところ裁判所は原告(すなわち本件再審被告)訴訟代理人に訴状および訴状訂正申立書を陳述せしめて弁論を終結し前記のとおり判決の言渡をし、みぎ判決は同年十一月十九日横山寿に送達された。みぎ横山寿は同年十二月三日控訴人(すなわち再審原告)の訴訟代理人として東京高等裁判所にみぎ判決にたいする控訴の申立をし、これは同裁判所昭和三十一年(ネ)第二、五八二号事件として係属し、第一回口頭弁論期日を昭和三十二年四月二十四日午後一時三十分と指定せられ、その期日呼出状は同年三月四日横山寿弁護士に送達せられたが、みぎ口頭弁論期日に控訴代理人たる同弁護士および控訴人本人も出頭しなかつた。裁判所は被控訴人(本件再審被告)代理人の申請によつて口頭弁論を延期し次回期日を同年五月二十九日午後一時三十分と指定しみぎ期日は同年四月二十五日控訴代理人たる横山寿弁護士に通知せられたが、同弁護士および控訴人本人はみぎ口頭弁論期日に出頭しなかつたので裁判所は控訴状を陳述したものとみなし、被控訴代理人に弁論を命じたうえ弁論を終結し判決言渡期日を昭和三十二年六月十日午後一時と指定した。みぎ言渡期日呼出状は同年六月三日横山寿弁護士に送達せられたが、同弁護士は同月五日辞任届書を裁判所に提出した。裁判所は同年六月十日午後一時控訴棄却の判決を言渡し、みぎ判決は同年六月十九日横山寿とともに控訴代理人として委任状に記載せられている弁護士横山洋に送達せられたところ、みぎ判決にたいしては上告なく、上告期間の経過によつて昭和三十二年七月三日確定した。

二、しかしながら再審原告はみぎ事件の第一審の訴訟において再審原告の代理人としてとりあつかわれている弁護士横山寿に、同事件の訴訟行為を委任したことはなく、また同弁護士は民事訴訟法第八〇条において要求せられている訴訟代理権を証する書面を裁判所に提出していない。同弁護士は第一審判決の言渡があつたのち数回にわたつて係りの裁判所書記官補中山裕から再審原告の訴訟委任状を追完するように電話催告をうけ昭和三十一年十二月二十八日までに追完することを約束しながらついにみぎ委任状を提出することなくして過ぎた。すなわち横山寿はみぎ訴訟について実質的にも形式上も再審原告を代理する権限がなかつたのである。かりに実質上再審原告が横山寿弁護士にみぎ訴訟をすることの委任をしたとしても訴訟委任状が裁判所に提出されていないかぎり同弁護士はみぎ訴訟行為をする権限はない。訴訟代理権の証明が書面をもつてすることを要求される旨の規定は過去においてすでになされた代理行為について代理権の存在を証明する場合には適用されない旨の再審被告の主張は独断にすぎない。

また再審原告は、弁護士横山寿および弁護士横山洋にみぎ第一審判決にたいする控訴の提起も、控訴審の訴訟行為をも委任したことはない。控訴審において再審原告名義の訴訟委任状が提出されているがこれは偽造であつて無効のものである。かりに控訴審において適法な訴訟代理権の授与があつたとしてもこれによつてさきにのべた第一審における訴訟代理権の欠缺が治癒されるわけにはいかない。

三、みぎの次第で本件の本案の訴訟については第一審第二審をとおして弁護士横山寿あるいは同横山洋の訴訟代理権につき民事訴訟法第四二〇条第一項三にいわゆる授権の欠缺がある。しかもみぎ横山寿は一審二審の口頭弁論期日にいつも出頭せず必要な主張立証をしなかつたので再審原告はなんら実質的防禦方法をつくさずに敗訴するに至つた。再審原告がみぎ再審の事由を知つたのは控訴審の判決の確定したのちである。よつて本件再審の訴におよんだ。

証拠として、甲第一ないし第五号証、第六号証の一、二を提出し、証人横山寿の証言、再審原告本人尋問の結果を援用した。

再審被告訴訟代理人は再審の訴を却下する旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおりのべた。

再審原告主張の一の事実はみとめる。同二の事実のうち弁護士横山寿が訴訟代理委任状を提出せず、また請求をうけてその追完をしなかつた事実はみとめるがその他の事実は否認する。同三の事実は争う。

本件の第一審訴訟について、再審原告は横山寿弁護士にたいし訴訟代理権を与えたことは明白で、ただ同弁護士が代理委任状の提出を怠つた事実があるに過ぎない。なるほど訴訟代理権の証明は書面をもつてすることを要求されている(民訴法第八〇条)。しかしながら訴訟代理委任状なくしてなされた訴訟代理行為でも実質上委任があるかぎり無効ではない。過去にすでになされた代理行為について代理権の存したことの証明はかならずしも委任状その他の書面だけに限定するものではない。(大判、昭和一七・三・二六、民集二一巻二七三ページ)。控訴審における弁護士横山寿、同横山洋の訴訟代理権の存在については実質上も形式上も欠けるところはない。

理由

再審原告主張の一の事実は再審被告の認めるところである。

そこで本件の本案訴訟である前記第一審第二審の訴訟について弁護士横山寿および同横山洋に再審原告の主張するような訴訟代理権の欠缺の事実があるかどうかについて判断する。

(第一審の訴訟代理権について)

証人横山寿の証言、再審原告本人尋問の結果の一部とこれらによつて成立を認め得る甲第六号証の一、二によるとつぎの事実を認めることができる。再審原告は、前記第一審の訴状および第一回の口頭弁論期日呼出状の送達をうけたとき、再審原告に本件係争土地を貸与する契約をした両角朝頼に事情をたずねた結果、そのすすめによつて横山寿弁護士に依頼することとなり両名で同弁護士事務所へ行つて事件についての訴訟行為を委任し、同弁護士は引受けはしたけれども、事件の処理には熱心でなく、たんに再審原告を代理して口頭弁論延期申請書を出しただけで、その後各口頭弁論期日に出頭せずに前記の結果におわつた。再審原告は第一回の口頭弁論期日にみずから裁判所に行き法廷に入つたけれども、横山寿弁護士が来ていないので期日の開始されるまえにそのまま立ち帰つた。同弁護士は再審原告の訴訟委任状を裁判所に提出せず、裁判所から催促せられながらついに一審判決言渡後もこれを追究しなかつた。このように認めることができる。

ところで民事訴訟法第八〇条には訴訟代理人の権限は書面をもつてこれを証することを要する旨、同第八七条、第五二条第二項にはこの書面は訴訟記録に添附することを要する旨規定されているけれども、この規定をおく趣旨は、本件のように、後になつて、訴訟代理人の権限のあるなしについて争を生ずることのないように、訴訟手続の進行にあたつて、まず、簡易かつ正確な方法によつて、現在および将来の訴訟行為についての代理権の証明をさせることにするというのである。したがつて右の規定に反して代理権を証明するにたりる書面の提出がないまま訴訟を進行した場合でも、代理人がほんとうに代理権をあたえられている以上その訴訟行為は当事者本人に効力をおよぼすことはもちろんである。このことは、当事者本人も当然予期するところとみるべきであるから、かような場合に再審事由があるとして当事者を保護する必要はないといわなければならない。したがつて民事訴訟法第四二〇条第一項第三号に訴訟代理権の欠缺というは前記民事訴訟法第八〇条、第八七条に反する事実ではなく、実質的意味において代理権を有しない事実をいうものと解すべきである。こういうわけであるから前段認定のとおり横山寿弁護士が第一審の訴訟行為について再審原告から訴訟代理権をあたえられていた以上、第一審については再審原告主張の再審事由はないことあきらかである。

(控訴審の訴訟代理権について)

前記各証拠に本件弁論の全趣旨をあわせるとつぎの事実を認めることができる。第一審の判決が横山寿弁護士に送達されたので、同弁護士はただちに再審原告にその旨を知らせ、同判決にたいしては控訴をするとともに仮執行の停止の申立をしなければならぬことを告げた。すると再審原告は前記両角とともに同弁護士事務所に行き控訴の提起と仮執行の停止申請の委任をし控訴審のための委任状を作成した。弁護士横山洋は横山寿の兄で当時同人の事務所でともに弁護士業に従つていたから再審原告はそのさい横山寿とともに横山洋にもみぎ訴訟行為をなすよう委任し、控訴審における手数料として金二万円を横山寿弁護士に支払つた。このように認めることができる。これに反する再審原告本人尋問の供述部分は信用できない。そうすると第二審の訴訟についても弁護士横山寿、同横山洋について民事訴訟法第四二〇条第一項三の代理権の欠缺の事由はないものといわざるを得ない。

かような次第で、弁護士横山寿、同横山洋が本案事件の依頼者である再審原告のために十分の努力をしなかつたように思われるだけで、再審原告主張のような代理権欠缺の事実を認容することはとうていできないところである。

すわなち再審原告の請求は失当であるから、これを却下し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 谷口茂栄 満田文彦)

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